放射線治療の故郷

~備忘録!日常の診療でフッと思った疑問の解消に~

可変型の放射線遮蔽材の開発に世界で初めて成功 環境・患者様へ優しい放射線治療へ

近畿大学医学部 放射線医学教室(放射線腫瘍学部門)准教授 門前⼀を中心とした研究チームは、早川ゴム株式会社の協力を得て、加温(60度程度のお湯)することで柔らかくなり、常温では型が維持できる放射線遮蔽材「シーラー Soft Tungsten Rubber(以下、STR)」の開発に成功した。

 

本開発は、有害な鉛やアンチモンの代替放射線遮蔽材として、人体・環境に優しく、再利用が可能であり、かつリアルタイムに成型可能な特徴を有しており、新しい放射線防護体系への展開が期待できる。

 

医学面では、電子線治療※1と小線源治療※2時の迅速な遮蔽材の作製を可能とし、工業面では災害や有事の際の緊急放射線防護措置の素材としても使用可能。

本件に関する論文が、令和元年(2019年)9⽉21⽇(土)、医学物理学分野のジャーナル“Physica Medica: European Journal of Medical Physics”にオンライン掲載された。

シーラー Soft Tungsten Rubber

シーラー Soft Tungsten Rubber

1.本件のポイント

  • リアルタイムで成型が可能な放射線遮蔽材「STR」を世界で初めて開発
  • 加熱時に有害なガスが発生する鉛を使用しない、環境に配慮した放射線遮蔽材
  • 放射線治療における活用に加え、災害時の緊急放射線防衛材としての活用も期待される

2.本件の内容

従来の遮蔽材は、放射線を用いた医療・工学分野では鉛が主に使用されている。ただ、鉛は加工が困難なこと、加熱時に有害なガスが生じること、その廃棄物は環境への影響が懸念されていることから、米国、ヨーロッパなどではその使用を原則禁止する動きがある。

鉛フリーの放射線遮蔽材としては、アンチモン、ビスマス、バリウムなどが使用されているが、アンチモン、ビスマスは鉛同様に毒性の問題、バリウムは安全に使用可能ですが、遮蔽能力が鉛に劣る問題がある。

加えて、タングステンは放射線遮蔽能力が高く、人体に有害である根拠も無く優れた金属ですが、高価という欠点はあった。

 

この課題を解決するため、今回開発した「STR」は、 ゴムが有する柔軟性・加工性を維持したまま、タングステンの有する放射線遮蔽能力を併せ持っている。早川ゴム株式会社の独自の特殊配合技術により、柔軟性・加工性・可撓性(かとうせい)※3に富み、加温することで柔らかくなり、常温では型が維持できる新しい放射線遮蔽材の開発に至った。

 

3.論文掲載

  • 雑誌名:''Physica Medica: European Journal of Medical Physics'' 医学物理学分野のジャーナル。インパクトファクター2.532
  • 論文名:Estimation of radiation shielding ability in electron therapy and brachytherapy with real time variable shape tungsten rubber
  • 責任著者:門前⼀(近畿大学医学部放射線医学教室 放射線腫瘍学部門)

4.研究の情報

「STR」の特性・安全性を確認の上、下記の臨床応用を目指している。電子線治療では、「STR」は皮膚の表面に直接装着した状態での照射が可能である。これにより呼吸性の移動が大きい部位や小さな照射野にも副作用の少ない高精度な電子線治療が期待できる。

また、低融点鉛合金(鉛、錫)に比べ、加工時間も大幅な短縮が可能であり、術後に可能な限り早期に治療することで再発率が低下するケロイドの治療などでは、本開発により早く治療が開始できる可能性がある。

また舌癌などにおける小線源治療では、粘膜炎の発生は線量に依存することが報告されており、粘膜の線量を低減することが、有害事象の低減に直結する。粘膜保護のために鉛と樹脂スペーサーがよく利用されているが、成型が煩雑になることが問題である。

また、毒性の無いシリコンゴムを遮蔽材として使用するが、遮蔽効果はなく、距離をとることを目的に使用されている。

「STR」は粘膜の保護のための放射線遮蔽能力に加え、毒性が無く、成型しやすいため、より患者の負担が少なく、安全な治療の提供につながると考えられている。

また、工業面においては、災害や有事の際の緊急放射線防護措置の素材としての転用が期待される。


※1 電子線治療:X線治療と同じく、体外より皮膚を通して照射する外部照射の⼀つ。X線は体の奥まで届くのに対し、電子線は皮膚表面の近くまでしか届かないという特長を活かして、皮膚表在性のがん治療に用いられている。
※2 小線源治療:放射線を出す小さな線源を治療部位の内部に挿入して、体の内側から照射する手法
※3 可撓性:物質の弾性変形のしやすさを示す