放射線治療の故郷

~備忘録!日常の診療でフッと思った疑問の解消に~

転移に重要ながん細胞の形態変化に関わる因子を発見

現在、がんは日本人の死亡原因の第1位であり、約30%を占めている。

早期診断ならびに治療法の進歩により、がんが原発巣に限局する時の治癒率は高くなってきたものの、がん細胞の他臓器への転移は完治への大きな妨げとなっている。

そのため、がん制圧のためには、がん細胞の転移を如何に抑制するか、が非常に重要な課題である。

がん細胞の原発巣からの転移には、上皮間葉転換(Epithelial Mesenchymal Transition, EMT)と呼ばれる細胞の形態ならびに性質の変化が重要な役割を担うことは知られているが、その分子機構については十分に解明されているとはいえないのが現状である。

弘前大学農学生命科学部の西塚誠准教授の研究グループは、低分子量Gタンパク質であるRhoEが子宮頸がん細胞の上皮間葉転換を抑制する機能を有すること、さらに、その機能メカニズムの一端を明らかにした。

今回の成果により、子宮頸がん細胞の転移の分子メカニズムの理解が進むとともに悪性度の新規バイオマーカーや新しいがん治療薬の開発につながることが期待される。

【内容の詳細】

研究の背景

がん細胞の原発巣からの転移には、原発巣からの離脱、間質への浸潤、血管内への侵入、標的臓器への生着と再増殖、といった多くプロセスが非常に複雑かつ精緻に制御されていると考えられている。

そのため、がん細胞の転移のメカニズムを理解するには、それぞれのプロセスにおいてどのような遺伝子が、どのようなメカニズムで働いているのか、明らかにしていくことが重要である。

転移のプロセスの初期に起こる上皮間葉転換(Epithelial Mesenchymal Transition, EMT)は、上皮細胞の性質をもったがん細胞が、サイトカインなどの刺激により、より移動能が高い間葉系細胞の性質に変化する現象である。

がん細胞の転移や抗がん剤に対する抵抗性に寄与すると考えられているが、その制御メカニズムについては未だ不明な点が多く残されている。

低分子量Gタンパク質であるRhoEは、アクチン細胞骨格の制御を介して細胞の運動などに寄与することが知られている。

複数のがん細胞において、浸潤や転移とのかかわりが報告されているが、子宮頸がん細胞の上皮間葉転換や転移における役割と機能についてはこれまでわかっていなかった。

研究成果

同研究グループは、子宮頸がん細胞の転移の分子機構を明らかにするために、EMTにおけるRhoEの役割と機能について検討した。

まず EMT過程におけるRhoEの発現変化を調べた。その結果、サイトカインの1つであるTransforming growth factor-β (TGF-β)の添加により EMTを誘導した子宮頸がん細胞において RhoEの発現が増加することがわかった(図1)。

図1 子宮頸がん細胞のEMT経過においてRhoEの発現は増加する

図1 子宮頸がん細胞のEMT経過においてRhoEの発現は増加する

次に、EMTにおけるRhoEの役割について検討した。細胞形態ならびにEMTに関連する遺伝子の発現を検討した結果、RhoEの発現を抑制し働きを弱めたがん細胞では、コントロールのがん細胞に比べ、EMTが促進されていることが明らかになった(図2)。

図2 RhoEの働きを弱めるとEMTは亢進する。

図2 RhoEの働きを弱めるとEMTは亢進する。

(A)RhoEの働きを弱めた子宮頸がん細胞(RhoE Knockdown)は、コントロール細胞に比べより強く間葉系細胞の形態へと変化した。
(B)RhoEの働きを弱めた子宮頸がん細胞は、間葉系細胞への変化の指標となるFibronectinおよびSnailの発現がコントロール細胞に比べ増加した。一方、上皮系細胞に発現するZO-1の発現は 減少した。

これらの結果から、RhoEは子宮頸がん細胞のEMTを抑制する役割をもつことが示唆された。

最後に、RhoEがどのような分子メカニズムによりEMTを制御するのか検討を行った。EMTの過程では、RhoEと同じ低分子量Gタンパク質に属するRhoAが重要な働きをしていることが知られている。

異なる細胞を用いた検討から、RhoEはRhoAの働きを弱めることが報告されているので、子宮頸がん細胞のEMT過程においてもRhoAの働きを制御しているか検討した。

その結果、RhoEの発現を抑制したがん細胞では、RhoAの働きが顕著に増強されていることが明らかになった。

以上の結果より、RhoEはRhoAの働きを弱めることにより、子宮頸がん細胞の EMT を抑制することが示唆された(図3)。

図3 子宮頸がん細胞のEMTにおけるRhoEの役割

図3 子宮頸がん細胞のEMTにおけるRhoEの役割
今後の展開

本論文は、子宮頸がん細胞の上皮間葉転換における RhoE の役割と機能をはじめて明らかにしたものであり、上皮間葉転換の分子メカニズムの解明だけにとどまらず、がん細胞の浸潤や転移の研究に貢献するものと期待される。

今後、ヒトの子宮頸がんの組織サンプルを用いた解析により、がん細胞の悪性度と RhoE の発現の相関関係等を明らかにしていくことで、RhoE を標的とした新たながん治療薬の開発や新規バイオマーカーの創出につながることが期待される。